――東海大学 健康学部 教授――
2026年度(令和8年度)診療報酬改定がプラスということで2025年末に大きくメディア報道された。物価・賃金上昇に対応するため、本体部分が3.09%増、薬価等が0.87%減となり、全体では2.22%のプラス改定となった。
これは12年ぶりの全体プラス改定であり、医療従事者の賃上げの原資確保と質の高い医療継続が目的とされた。だが、1月以降は選挙報道が中心で、診療報酬改定の内容について詳細はあまり触れられてこなかった。
今回の診療報酬改定は歴史的転換ともいえる従来とは大きく異なる特徴がある。本稿では、診療報酬改定の基本的な流れについて説明を行った上で、今回の改定の特徴について触れることにする。
1.診療報酬改定までの3つの流れ
診療報酬とは平たくいうと、公的医療保険によって支払われる医療の値段(公定価格)である。診療報酬の改定は2年に一度行われる(但し、薬価は毎年改定に変更)。
診療報酬の改定に向けた流れとして大きく3つがある。
第1の流れは、中央社会保険医療協議会(以下、中医協)における検討である。第2の流れは、厚生労働省の審議会による基本方針の策定である。第3の流れは、予算編成過程を通じた関係閣僚の折衝である。以下にそれぞれの流れを記載する。
(1)中央社会保険医療協議会(以下、中医協)における検討
中医協とは、厚生労働相の諮問機関で、公的医療保険から医療機関等に支払われる診療報酬や薬価の公定価格(点数)を決定する権限を有する会議体である。医療機関、製薬メーカー等への経営に与える影響は大きく、「行列のできる審議会」と言われるほど、注目力の高い大きな審議会である。
委員構成は、支払側(保険者など)、診療側(医師・歯科・薬剤師)、公益側(学術経験者)の合計20名で構成される三者構成となっている。
公的医療保険の配分を差配することから公益性が重視されており、中立的な立場の「公益委員」の任命は、国会(衆参両院)の同意を必要とする。
診療報酬改定に向けた中医協での検討は、通常、改定前年の春の総会報告を起点として始まる。その後、年間を通じて各種議論や調査結果の整理が進められ、最終的に冬の総会で取りまとめが行われる(資料1)。
資料1 診療報酬改定のスケジュール

出所:厚生労働省、中医協、令和7年4月9日資料
中医協には、複数の専門部会(診療報酬改定結果検証部会、薬価専門部会、保険医療材料専門部会、費用対効果評価専門部会)が設置されており、これらの部会で業界団体等からの意見聴取や関連調査の共有を行いながら、論点の整理と検討が進められる。
また、これと並行して、診療報酬調査専門組織である分科会や小委員会(入院・外来医療等の調査・評価分科会、医療技術評価分科会、調査実施小委員会など)も開催され、専門的な観点から詳細な検討が行われる。
(2)厚生労働省の医療保険部会・医療部会による基本方針の策定
診療報酬改定に係る基本的な医療政策の審議は、厚生労働省の社会保障審議会の医療保険部会及び医療部会にゆだねられている。第1の流れにある中医協では、具体的な診療報酬点数の設定やその影響に係る審議を行うが、基本方針の策定は行われない。これは、平成17年の中医協のあり方の見直しに伴うものである。
通常、改定年度の12月中に、社会保障審議会医療保険部会及び医療部会の連名で診療報酬改定に関する基本方針が出される。この基本方針の策定前には、医療保険部会は医療保険との関係、医療部会は提供体制との関係に関する政策のあり方について複数回の審議がなされる。医療を取り巻く状況、過去の改定率の推移、病院の事業利益率・経常利益率など医療機関の経営状況、近年の医療政策に関する動向、過去の基本方針等を踏まえて取りまとめがなされる。
(3)予算編成過程を通じた関係閣僚の折衝
診療報酬改定の改定率は、医療費全体の総額に影響を与えるものであり、予算編成のあり方にも影響を与えるものである。そのため、予算案の閣議決定までの予算編成過程を通じて関係閣僚の折衝が行われ、凡そ年末に決定される。
基本的には、各省庁の予算編成過程並びに「経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる骨太の方針)」などの政府方針を踏まえたものとなるが、最終決着が大臣折衝となることから、政治的な判断を伴うものが多い。
特に今回は、自由民主党・日本維新の会による連立政権のもとで初めて編成される予算であり、政治的な意向が少なくなかったと思われる。実際、連立政権合意書の中の事項でも社会保障に関する事項の中で、医療についての記述も少なくない。
以上のように、3つの流れはそれぞれ独立したプロセス、スケジュールで動いているが、最終的には一つの大きな流れに集約される。すなわち、基本的には、診療報酬改定の基本方針は厚生労働省の2つの部会の議論を経て策定、そして、年末までに予算に関係する改定率が政府主導で決定、そこでの大きな方針と改定率の中で、最終的に中医協が細かな詳細や点数を決めていくというものになっている。
2.令和8年度診療報酬改定の特徴―大きな転換期
では、今回の診療報酬改定には一体どのような特徴があるのだろうか。
まず、厚生労働省が公表している「令和8年度診療報酬改定の基本方針」では、基本認識の中に、以下の5点が挙げられている。
1)物価と賃金の上昇という、日本経済の新たなステージ移行への対応
2)2040年を見据えた人口減少・人口構造の変化に対応する医療提供体制
3)医療の高度化や医療 DX、イノベーションの推進等
4)現役世代の負担を将来にわたって抑える必要性
5)社会保障制度の安定性・持続可能性の確保
これに沿って、現在、中医協では詳細な項目の検討が進められており、その内容もすべて厚生労働省の中医協についてのHPで公開されているので参照されたい。
だが、おそらく今回の改定の最大の特徴は、そこではない。大臣折衝資料(中医協総会・12月資料で公開)にミクロ的な資源配分についても異例の細かさで明記された点である。従来はマクロの改定率は決まっても、「どの分野にどれだけ配分するか」というミクロの配分についての方向性までは具体的には示されなかった。したがって今回の記載は、診療報酬改定の歴史を振り返っても、かなり大きな転換点と言える。
大臣折衝資料(資料3)には、次のような政策文書に基づき、施設類型ごとの費用構造や経営状況を踏まえた対応をとることが明記されている。
•経済財政運営と改革の基本方針2025(令和7年6月13日閣議決定)
•「強い経済」を実現する総合経済対策(令和7年11月21日閣議決定)
あわせて、後発医薬品の使用促進、在宅医療の適切な推進、調剤報酬の適正化、リフィル処方強化など、現役世代の保険料負担を抑えるための具体的な方向性も示されている。
資料2 診療報酬改定の基本方針の概要

出所:厚生労働省HP(社会保障審議会医療保険部会、医療部会 12月9日資料)
資料3:大臣折衝事項と診療報酬改定(抜粋)

出所:厚生労働省,中医協1月14日配布資料17P
そして改定率3.09%の内訳についても、
•賃上げ対応 1.70%
•物価対応 0.76%
•食費・光熱費 0.09%
•経営悪化への緊急対応 0.44%
といったように、数字が明確に記されている(資料3)。
資料3を見ると、1)〜5)以外の6)が0.25%であることが示されており、「メリハリのある配分」になることが想定される。
さらに、大臣折衝事項の文書を見ると、政治的な課題となっている賃上げについてはさらに踏み込んだ記載がある。
•令和8・9年度にそれぞれ+3.2%のベースアップを支援
•看護補助者・事務職員は+5.7%とし、手厚く対応
•賃上げ分1.70%の内訳にも特例措置を設け、幅広い職種で賃上げが可能
これによって、増額部分の多くは賃上げに確実に充てられる枠組みが、あらかじめ構築されていると言える。反対に、賃上げ・物価・光熱費などの対応を除くと、効率化・適正化による▲0.15%が加わるだけであるため、メディアで表現されるような「大幅なプラス改定」と一律に評価できるかは解釈が分かれるだろう。
国民の価値に見合う診療報酬とは
従来の診療報酬改定は、ステークホルダーの固定した利益構造の中での調整が中心であり、どちらかといえば目先の医療費の伸びを抑える手段として使われてきた。しかし今回の改定では、賃上げなどの政策目的が、政治主導で明確に反映された。これまでよりも診療報酬改定の結果の検証もPDCAという意味で重要になるだろう。
過去の不祥事の反省を経て、平成17年に中医協の見直しが図られたが、現在も診療報酬の改定において公益性が重要であることが重要であることに変わりはない。
引き続き、公益的な観点から診療報酬は決められるものであると考えるが、「ワイズスペンディング」のあり方にもつながるが、国民の価値の反映は重要であっても容易なことではない。だが、従来の医療政策の決定過程では、固定的な利益構造では診療側が「プラス改定」を求め、支払側が「適正化(抑制)」を求める中で、両者のバランスを取りながら、未来志向の国民全体の利益や国民の価値に反映させることを検討することそのものが難しい局面があるのも事実である。
昨今は、人口減少の影響が大きくなる中で、現役世代の保険料の引き下げも求められるようになっている。新しい時代環境の変化の中、バランスをどのように取っていくかはこれまで以上に難題でありかつ重要な課題である。
持続可能性を維持しながら、国民の価値をどう反映させるのかという観点から、従来の診療報酬のあり方とともに、その決定プロセスである中医協のあり方そのものが問われる時代になったのかもしれない。そういう意味で、歴史的な転換期が到来したとも言えるかもしれない。