真野俊樹―「医療と経営」 医療機関にも「経営」が必要なわけ──ドラッカーの経営哲学を踏まえて

――中央大学 戦略経営研究科(ビジネススクール) 教授
  多摩大学大学院特任教授 医師――

医療と経営

今回から「なぜ医療に経営が必要なのか」というテーマで2か月に1回ほど書かせていただくことになった。

連載なので、時事的なテーマを扱うこともあると思われるが、連載の最初の2回では、「なぜ医療機関に経営が必要なのか」、次回には「なぜ医療分野に経営が必要なのか」を考えてみたい。

参考文献としては、少し古いと言われるかもしれないが、ドラッカー学会に2年ほど前まで理事を務めていた経験もあり、ドラッカーの考え方を参考にする。

現代社会において、医療機関は単なる治療の場にとどまらず、地域社会のインフラとしての役割、そして雇用や産業振興の一翼を担う重要な存在となっている。だが一方で、財政難や人材不足、患者ニーズの多様化といった複雑な課題に直面している。

こうした状況下で、医療機関がその機能を安定的かつ持続的に果たしていくためには、医療の専門性のみならず「経営」の視点が不可欠である。

ドラッカーにおける「経営」の本質

ドラッカーは、経営を単なる効率追求の手段ではなく、「社会的機関をして成果を上げさせるための道具」であると定義する。

彼にとって、企業であれ非営利組織であれ、「成果」とは外部に対して価値を生み出すこと、すなわち顧客や社会に対する貢献である。つまり、医療機関にとっての成果とは「患者の健康を回復・維持すること」や「地域の医療ニーズに応えること」であり、それを最大限実現するためには、戦略的に組織を運営し、人的資源や財務資源を適切に活用する「経営」が必要とされる。

「成果志向」としての医療機関経営

ドラッカーは「成果は外にある」と述べ、組織の評価基準は外部の顧客や受益者によって決まるとする。

これは医療においては、「患者中心主義」とも重なり合う考え方である。例えば、質の高い医療を提供していても、患者が安心できない、待ち時間が長い、説明が不十分といった理由で満足しなければ、それは「成果」ではない。ゆえに、医療機関は臨床技術の向上のみならず、サービスプロセスの改善や組織のガバナンス体制を整えるなど、「全体としての価値創出」を意識した経営が求められる。

医療機関は「非営利」であっても「非経営」ではない

日本においては、医療機関の多くが社会福祉法人や医療法人などの非営利組織として運営されている。そのため、営利追求との混同を避ける意味で「経営」という言葉に違和感を覚える向きもある。

しかしドラッカーは、非営利組織こそ「成果に責任を持つ経営」を行わなければならないと指摘する。

なぜなら、非営利組織には市場メカニズムが働かず、組織の失敗はすぐには淘汰されない。その分だけ、内部での目的意識や評価軸が曖昧になる危険がある。したがって、医療機関は「使命(ミッション)」を明確化し、その実現に向けて資源配分や人材活用を戦略的に行う必要がある。

筆者は、早くから医療に経営が必要だと述べてきた。

だいぶこういった考え方は浸透してきたが、それでも、医師から社会インフラである医療機関で、なぜ経営(おそらく収益を得ることを意味している)が必要なのかという問いを受けることはないわけではない。

医療の多様化と複雑化に対応する「マネジメント」

近年の医療現場は、高齢化社会の進行、慢性疾患の増加、ICT・AIの導入、医療事故リスクの上昇など、かつてないほどの複雑性を抱えている。これに対応するには、医師や看護師の個人技術に頼るだけでは限界があり、チーム医療や組織間連携を推進するマネジメント機能が求められる。

ドラッカーは「マネジメントは人を通じて成果を上げる技術である」と語っており、医療現場でも個人依存から脱却し、組織として安定的に成果を生み出す体制構築が急務である。

ちなみにドラッカーはマネジメントの基本機能として、以下の3点を挙げている。

第一に、「組織の目的を実現すること」。例えば企業においては利益の創出、病院においては患者の治療と地域の健康貢献、行政においては公共サービスの提供といった形で現れる。

第二に、「人材を成果につなげること」。つまり、個々のメンバーの強みを最大限に生かし、協働を通じて集団として成果を上げる体制をつくることが求められる。

第三に、「組織の社会的責任を果たすこと」。医療機関であれば、倫理的な判断、公平な医療アクセス、情報公開などを含む社会的期待に応えることがこれに該当する。

経営は「現場を支える」ものである

医療現場において、「経営」と「現場」はしばしば対立構造として捉えられることがある。例えば、経営はコスト削減を求め、現場は患者のために時間や資源を使いたい──という構図である。

しかしドラッカーは、経営とは「人が成果を上げるための環境を整えること」であり、現場を支援する機能だとする。つまり、医療従事者が専門性を発揮しやすくするために、人的配置、ICT導入、教育訓練、情報共有体制などを整えることが経営の役割である。

同じことは、次に述べる診療報酬についてもいえる、すなわち政府がコスト削減を求めるために医療機関はどう対応するのかが、経営あるいはマネジメントの役割であり、それは、医療機関が社会インフラであっても例外ではない。

持続可能性の担保としての財務的健全性

医療機関の多くは診療報酬に依存しており、その変動や制約によって経営が不安定になりやすい。赤字経営が続けば、医療資源の縮小や人材流出、場合によっては倒産や統廃合につながる。そのため、持続可能な医療提供体制を維持するには、収支バランスの管理や資金繰り、設備投資の計画など、経営的視点が欠かせない。

ドラッカーは「使命を果たすために資源を活かす責任がある」と強調し、資源管理の合理化を促している。

経営は「変化に対応する力」をもたらす

医療政策や技術革新、人口動態の変化など、医療機関を取り巻く外部環境は常に変化している。

ドラッカーは「変化は脅威ではなく機会である」とし、変化を前向きに捉え、それに適応するための仕組みを持つことが組織の生存戦略であるとする。

医療機関が将来にわたり信頼される存在であり続けるには、内部の業務改善にとどまらず、新しい診療モデルや地域連携、テクノロジー活用など、変化を見据えた経営が不可欠である。
まさに、テクノロジーにおいて、医療DXが求められ、この変化に医療機関もついていかねばならないであろう。

結論― 医療の公共性と経営の両立こそが課題

医療は人の命に関わる公的なものであり、倫理性や公平性を重視すべき分野である。しかし、その公共的使命を持続的に果たしていくためには、「経営」という手段が必要である。

ドラッカーの言葉を借りれば、経営とは「使命を実現するための社会的機能」である。医療機関が理念と現実の間で揺れる現代においてこそ、ドラッカーの知見は、医療と経営の融合という新しいパラダイムの指針となりうるのではないか。

以下、この連載ではこういった視点を忘れずに記載していきたい。逆に効率性を求めたり生産性を求めることは、今回述べた視点からは当然ということになる。

次回もここは再度考えたい。

参考文献

『マネジメント[エッセンシャル版]――基本と原則』 ピータードラッカー(上田惇生訳、ダイヤモンド社、2001年)

『非営利組織の経営――使命・成果・リーダーシップ』ピータードラッカー(上田惇生訳、ダイヤモンド社、1991年)
原著:Managing the Non-Profit Organization: Practices and Principles(1990年)

『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』ピータードラッカー(上田惇生訳、ダイヤモンド社、2000年)

「はじめての医療経営論」真野俊樹 (中央大学教授、多摩大学特任教授)/編著2020年12月

真野俊樹 中央大学 戦略経営研究科(ビジネススクール) 教授 多摩大学大学院特任教授 医師

1961年生まれ。名古屋大学医学部卒業。総合内科専門医、日本医師会認定産業医、医学博士・経済学博士。臨床医、製薬企業勤務などを経て現職。