「積極財政」と「社会保障改革」が映す時代の変調
2025年秋、日本政治は新しい転換点を迎えた。
高市早苗政権の発足、大きな政府の公明党の連立離脱と小さな政府を志向する日本維新の会の参加――。26年に及んだ「自公体制」が終焉を迎え、保守政治の構造が大きく変化しようとしている。
自維連立の高市政権の基本方針は、「責任ある積極財政」と「社会保障改革」だ。
ガソリン税の旧暫定税率廃止、給付付き税額控除、高校・給食の無償化など、短期的な家計支援策は、同時に国民の不満を吸収するポピュリズム的な分配政策の性格を併せ持つ。
ただし、社会保障改革では病院と介護施設を支援対象に据える一方で、OTC類似薬をめぐる改革に切り込むという。医師会が反発する湿布薬や花粉症薬などの処方薬を保険給付の範囲から外し、医療費の抑制を目指す。既得権の解体を志向する政策姿勢が、従来の自民党的調整政治からの決別を印象づける。
高市政権が70%前後と報じられる高支持率を得ている理由は明快だ。国民に広がる「脱・自民党型政治」への期待であり、旧来の派閥・世襲構造から距離を置く政治姿勢に、広範な保守層が共感しているからだ。
だが、その構造的基盤は脆い。理念ではなく「分配」と「共感」で支えられる政治は、次の瞬間には「熱狂から幻滅」へと転じる危険をはらむ。
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高市早苗首相(首相官邸のHPより)
“議員同業者組合”の崩壊と「政党経営」の視点
自民党総裁選の最中、有力候補の小泉進次郎氏が会長を務める自民党の神奈川県連で象徴的な問題が発覚した。826人の党員を本人の意思確認もなく一括削除したあの事件だ。前年に落選した前衆院議員に紐づいていた党員は「もはや用済み」とされ、議員個人の後援会の延長として処理された。
事件は、自民党が「議員による議員のための政党」、“議員同業者組合”の実態を改めて浮き彫りにした。
早稲田大学公共政策研究所招聘研究員で選挙コンサルタントの渡瀬裕哉氏(44)は、日本政治の最大の問題を「政党が党員ひいては納税者のためでなく、議員たちの互助組合として維持されている」ことに見いだした。
彼が提唱する「政党経営論」は、党員による政党ガバナンスを重視する仕組みだ。政党マネジメントにより党員などから個人献金を集め、運営効率を高める。この理論の背景には、アメリカ共和党のネット小口献金制度や党員主導の候補者選定方式など、成熟した政党経営の合理主義がある。
奇しくも高市氏は厚い党員票を集めて自民党総裁に当選したが、彼女の党員重視の姿勢は渡瀬氏の「政党経営論」と響き合う。すなわち、自民党の制度改革を通じて政治を再設計する試みと言えるかもしれない。
しかし同時に、それは保守層のさらなる分裂を誘発しかねない。
自民党が内部改革に失敗すれば、「保守の器」は別の政党へと移動するだろう。その先頭に立つのは、渡瀬氏が理論設計面で関与し、政党経営理論を植え付けた「参政党」だ。
保守ポピュリズムの時代——改革なき停滞と「不満の政治」の制度化
バブル崩壊以降、日本社会は長期停滞と格差拡大のなかで、潜在的な「不満エネルギー」を蓄積してきた。失われた30年の間に、努力しても報われない層が増え、特に就職氷河期世代は、政治的不信と制度疲労を体感してきた世代である。彼らの不満は、左派ではなく「新保守」へと流れた。
我々「政策メディア」のボードメンバーの議論では、日本型ポピュリズムの特徴は、外国人を嫌悪する「排外志向」だけでなく、国内の既得権層への嫌悪が高まる「反仲介」(不可欠な仕組みへの不信と反発)にあるという指摘があった。官僚・政党・メディアなど、分配と情報の中間装置の信用が崩れ、国民の直接的な“声の政治”を求める傾向が強くなっているという見方だ。
SNSの時代において、政治は「共感」と「参加」のプラットフォームとなり、理念よりも感情が優先される。
また、米・ドナルド・トランプ一時政権が2017年に実施した「2対1ルール」(新規規制を1つ設けるなら2つの規制の撤廃を課す大統領令)は、象徴的な政治経営モデルだった。
不満に突き動かされた世論を受けて、行政コストを数値管理してみせるという発想だ。
自維連立政権の合意書に盛り込まれた財政運営もまた、「積極財政」と称しつつ社会保障改革に切り込むさまは、政治コストの最適化を志向しているように見える。
ポピュリズムか、民主主義の再構築か
参政党の台頭は、単なる一時的ブームではない、政治構造の変化が背景にある
党員主権・ネット小口献金・タウンミーティングを柱とした“サブスク型政党”モデルは、既存政党が築けなかった党員と議員の「持続的エンゲージメント」を制度化した点に画期性がある。
党費は月額制、収入の大半を党員が支え、企業・団体献金に依存しない。全国287の衆議院小選挙区に支部を構え、地方議員は150人超(ちなみに渡瀬氏は、次の統一地方選まで参政党の地方議員は2000人まで増えると予想している)。
支部ネットワークとSNSを融合させた政治プラットフォームによって、2020年の結党時3000人ほどだった党員はいまや約7万人(2024年末)にまで増えた。すでに維新の党を上回り、「第2自民党」と呼ぶにふさわしい規模に近づきつつある。
渡瀬氏は「参政党は自民党キラーとして誕生した」と語る。
やがて自民党との連立・協力を目指すことになるという。そのとき各選挙区の候補者選定において予備選の実施を求めれば、強固な支持基盤を築いた参政党系候補者が世襲議員を凌駕する可能性もある。理念ではなく「政党経営」の優位性で覇権を奪う戦略だ。
保守ポピュリズムが制度化され、既存の体制を内部から書き換える動きが現実味を帯びてきた。
だが、この流れを単なるポピュリズムの拡大として片づけるのは早計だ。参政党の「党員ガバナンス」は、戦後日本が欠いてきた民主主義の参加構造を回復させる可能性を秘めているからだ。
一方で、感情の熱量が制度運営を凌駕すれば、情動型の民主主義に陥る危険も当然ある。
ポピュリズムに突き動かされる政治の熱狂をドライな制度によってコントロールできるか。高市政権と参政党の動きは、その二つの力の拮抗を象徴しているのかもしれない。
日本の民主主義はいま、「制度化されたポピュリズム」として、新しい段階へと歩み始めた。