高市首相の経済政策を考える―季節外れのアベノミクスなのか―

アベノミクス再考

今年7月の参院選での与党の大敗から3ヶ月余りを経て、漸く高市早苗氏を首班とする自民・維新連立政権が成立した。 憲政史上初の女性首相ということもあって、内閣への支持率は高水準でスタートしたようだが、高市首相はどのような経済政策を目指すのだろうか。

首相就任以前の高市氏の発言を踏まえると、積極財政と金融緩和の継続が大きな柱となっており、言わばアベノミクス2.0を目指すものと受け止められる。そこでまずは、アベノミクスの狙いと限界について再確認しておこう。

周知の通り、筆者はアベノミクスについて批判的な発言を繰り返してきたが、それはアベノミクスの狙い自体が間違っていると考えたからではなかった。むしろ、アベノミクスがスタートした頃の日本経済は需要不足によるデフレ状態にあり、また過度の円高が産業界の悩みの種だったから、金融緩和と積極財政はマクロ政策が採るべき王道だった。

詳しくは9年前の著書『金融政策の「誤解」』(慶應義塾大学出版会)に譲るが、筆者が問題としたのは主に以下の2点だった。

まず第1は、既に政策金利がゼロまで低下していたため、金融緩和の効果には限界があったことだ。日本も含め幾つかの国がマイナス金利政策にチャレンジしたが、大幅なマイナス金利は不可能、ないし有害であることが明らかになった1

リフレ派などの経済学者には「中央銀行がインフレ目標に強くコミットすれば、インフレ予想が高まって実質金利はマイナスになる」と主張した人達もいたが、日銀の黒田東彦前総裁があれだけ強く2%目標にコミットしても、インフレ予想が殆ど上がらなかったのは周知の通りである2。他方、日本国債の過半を日銀が買い占めてしまった結果、市場機能が低下するなど、大規模金融緩和の副作用も少なくなかった。

第2は、日本経済の長期低迷はデフレのせいだとの見方が拡がっていた点だ。実際、当時は「モノの値段が下がると思えば、買い物を先送りにする」ということが当然のように語られていた。これに対し筆者は、1997~98年の金融危機の経験から企業が倒産回避を最重視するようになり、儲かっても賃上げも投資も行なわず流動性の積み上げに専念するようになったことが、長期停滞の最大の原因だと考えていた。

金融政策の効果の限界は比較的早期に明らかとなった(だからこそ、日銀は黒田バズーカⅡ、マイナス金利、イールドカーブ・コントロールと政策手法を次々と変化させていったのだろう)。一方、物価上昇には時間が掛かったため、この問題はなかなか決着しなかった。しかし、3年半前からインフレ率が2%を超える状態が続いても実質成長率は加速せず、人々の暮らしはむしろ悪化してしまったことで、結論は漸く明らかになった3

季節外れのアベノミクスか

以上にみたように、アベノミクスが十分な成果を挙げられなかったのは、政策金利を一定以下には下げられないという限界(effective lower bound ; ELB)によるものだったが、高市首相が直面するマクロ環境は、物価高という当時とは全く異なるものである。

高市氏が故安倍首相を尊崇するのは差し支えないが、積極財政、金融緩和というデフレ経済下での処方箋をそのままインフレ経済に適用するという発想は頂けない。

物価高の下で積極財政を展開すれば、物価高をさらに加速させてしまう可能性が高い。また、金利ゼロが当たり前だったアベノミクスに時代と違って、日本は既に「金利のある世界」に戻りつつあるため、財政出動の財源として赤字国債を発行すれば、直ちに利払い負担の増加に悩むことになる4

また、昨年の自民党総裁選で「今金利を上げるのはアホや」と発言したように、高市首相が日銀の利上げを牽制するとの見方が多い。しかし、それでは更なる円安を通じて物価高を招くだけだ。実際、高市氏が自民党総裁選で勝利した後、市場では大幅な円安が進んだ(一方、名目成長率の高まりが企業収益に貢献することに加え、AIや防衛関連などミクロの積極投資が注目されているため、株価は大幅に上昇している)。

物価高=インフレが進む中で、物価上昇を目指したデフレ時代のマクロ政策=アベノミクスを追求するのは「季節外れ」と評さざるを得ない。恐らく、首相には今の物価高はコスト・プッシュ型だという思い込みが強いのではないか。

確かに、今のインフレがロシアのウクライナ侵攻を契機としたエネルギーや食糧の値上がりから始まったのは事実だ。しかし、徐々に人手不足の深刻化を背景とした賃金上昇が物価を押し上げる局面へと変わってきている5

1970年代頃には高失業でも労働組合が大幅な賃上げを求めるため、賃上げがインフレにつながるといったケースが頻繁にみられたため、賃金インフレ=コスト・プッシュ型と受け止められることが多かったが、今の賃金上昇はコスト・プッシュによるものではない。また、世界的にみればエネルギー価格は下落に転じているのに、日本ではまだエネルギー価格が高止まっているのには円安の影響が大きい。

首相は今でも日本経済は需要不足の状態にあると考えているのかも知れないが、内閣府や日銀の公式の推計では需給ギャップはほぼゼロになっている。しかも、ホテルや飲食店が典型だが、今では人手不足のために設備を十分に稼働できない場合が増えている。そう考えると、日銀短観の雇用判断DI、設備判断DIが示すように(雇用判断は大幅不足超、設備判断も小幅ながら不足超)、マクロの需給は供給不足の方向にあると判断すべきではないか。

いずれにしても、高市首相は積極財政で需要を増やすことより、アベノミクスが実現できなかった第3の矢=成長戦略で潜在成長率を高めることに注力すべきだと考えられる。

トラスになるか、メローニになるか

以上、これまでの高市氏の経済政策に関する発言を基に考えてきたが、実際に政権の座に就けば、政策への考えを改めるケースは、海外でも日本でも過去に少なくなかった。そこで高市首相が10月24日に行った所信表明演説の中身をみると、「経済財政政策の基本方針」でこれまで定義の明らかでなかった「責任ある積極財政」について、「政府債務の対GDP比を引き下げていくことで、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していく」と極めてオーソドックスな方針が示された点が注目される。

これまで重視してきた純債務比率に言及しなかったことと併せて6、責任ある積極財政のうち「責任ある」の部分を強調した見解が示されたと言えよう。

このように高市首相が柔軟な姿勢を示しつつあることは、大いに評価すべきだと筆者は考えるが、これはともに3年前の秋に欧州で誕生した2人の女性首相が率いる政権の成功と失敗から学ぶことのできる教訓でもある。

まず最初に紹介するのは、ジョンソン首相の辞任に伴う保守党党首選で勝利し、22年9月に英国の首相に就任したトラス首相だ。彼女は首相に就任すると、大規模減税(「ミニ・バジェット」と呼ばれた)を柱とする経済活性化策を打ち出したが、減税案は予算責任局(OBR)の予測を無視した、財源の裏付けの乏しいものだった。このため、トラス首相の減税に対して金融市場は強い不信を抱き、国債金利の急上昇だけでなく7、ポンド安、株安というトリプル安で応えることになった。

こうした市場の大混乱(「トラス・ショック」と呼ばれた)は、イングランド銀行が予定していた量的引き締めを延期し、国債の緊急買い入れを行ったことや、減税案の大半が撤回されたことで何とか落着きを取り戻した。しかし、トラス首相はその責任を取って辞任することとなったため、首相の在任期間は僅か1か月半と英国史上最短となってしまったのである。

このトラス首相の失敗から学ばれる教訓としては、次の2点があげられる。

第1に財源なき財政出動の危険さがある。

第2は、大規模な政策転換が市場との十分な対話なく発表されたため、サプライズとなってしまったことである。

トラス・ショックはサプライズに見舞われた際の市場の反応の脆弱性を印象付けるものであった。また、大規模減税がコロナ禍での大規模金融緩和からの正常化の過程で公表されたことも混乱を拡大することとなった。

これらを踏まえると、高市首相が積極財政を志向するのであれば、財源の裏付けを伴った「責任ある」ものとすると共に、市場との十分な対話を事前に行うことが求められよう。

次にみるのは、トラス首相とほぼ同時期、22年9月の総選挙に勝利し、連立交渉を経て翌10月から政権の座に就いたイタリアのメローニ首相のケ-スである。

メローニ氏が率いる極右政党=イタリアの同胞(FdI)はネオファシズムの流れを汲むとも言われ、反移民、反EUなどの主張を鮮明にしていたため、政権成立当初は移民問題を巡る混乱、EUとの対立、財政状況の悪化などが懸念されていた。

しかし、実際に政権を得た後のメローニ首相の言動や政策をみると、相変わらず伝統的家族観や国家のアイデンティティーを強調することで保守的な支持層を固めつつ、外交や経済政策の面では現実的な柔軟路線に転換したことが大きな特徴である。

外交面では、EUやNATOとの協調路線に転じ、ウクライナ支援や対ロ制裁にも積極的に関与している。また経済の面では、経済成長率が目立って高まった訳ではないが、イタリアの弱点であった失業率や財政収支に関しては顕著な改善を実現している。とくに財政の面では、EU基準の財政赤字のGDP比率3%以下を達成する見込みとなっており、今年に入って2つの国際的な格付け機関(S&Pとフィッチ)から国債の格上げを認められた点は特筆に値しよう8

こうしたメローニ首相の成功から学ぶべきは、以下のような点となろう。

まずは過去の発言などに囚われることなく、現実的かつ柔軟な政策運営に徹することだ。トラス首相に関しても述べたことだが、積極財政は財源を踏まえた「責任ある」ものとすることが重要である。一方、各種世論調査における高市氏への高支持率は、彼女の政治スタイルが国民から好感を得ていることを示している。

前任の岸田、石破両首相がなかなか思ったことを言えなかったのに対し、高市首相のタカ派的ながらエッジの立った発言が人々にすっきり感を与えているのではないか。こうした姿勢を維持していくことは、今後も支持層を固める上では重要かも知れない。

ただし、ここでもメローニ首相がEUやNATOとの協調姿勢を示しているように、近隣諸国との摩擦を高めることは避ける必要がある。

1そもそも現金の存在を考えると、預金にマイナス金利を課すことは難しい(タンス預金にすればマイナス金利は逃れられる)。そうした中でマイナス金利が大きくなると、金融機関の収益を圧迫して、経済にマイナスの影響与えるとの見方(リバーサル・レート仮説)も登場した。

2日銀が昨年末に公表した「金融政策の多角的レビュー」でも、期待に影響を与えることの難しさが異次元緩和が十分な効果を挙げられなかった最大の理由の一つとして指摘されている。

3まだインフレ率が高かった1970年代の実証研究では、日本の場合、アベノミクス時代の常識とは違って、インフレ率が高まると貯蓄率が上昇することが知られていた。ここには、日本の家計は金融資産の大部分を預金の形で持っているため、インフレになると実質資産残高が目減りしてしまうことが影響すると考えられていた。

4日銀が金融政策正常化の一環として国債保有残高を削減する(量的引き締め=QT)中で、日銀に代わる国債の保有者の不足が懸念されていることは、7月の本欄「国債市場を取り巻く将来不安」を参照。

5この点と関連して、消費者物価指数のサービスの前+1.4%に止まっていることから「人件費の上昇が物価を押し上げる程度はさほど大きくない」という指摘を聞くことも少なくない。しかし、消費者物価サービスの上昇率が低いのは、専ら公共サービスと(下方バイアスの存在が指摘される)家賃が殆ど上がっていない結果である。実際、日銀の田村直樹審議委員は、10月の沖縄での講演で「市場ベースのサービス価格」は2%を超える伸びを続けていると指摘していた。

6政府債務から政府部門が保有する金融資産を差し引いてネットの負債に注目する考え方。政府部門では年金基金(GPIF)と外貨準備が多額の金融資産を有する。しかし、①年金基金も外貨準備も、その保有資産を国債の償還に充てることができないことに加え、②外貨準備だけでなく年金基金も外貨資産に巨額の運用を行っているため、「円安になると財政の健全さが増す」といった 逆説的な結果になることもあり、批判的な見方が多かった。

7この国債価格の急落には、年金基金が国債を担保とするデリバティブ取引を行っていたため、予期せざる価格の下落で担保不足に陥り、追加担保のための資産売却が更なる国債値下がりを生むという悪循環が大きく影響していたと言われる。

8この点に関しては国際通貨研究書のレポート、篠原令子「フランスの格下げとイタリアの格上げ」、IIMAコメンタリー(25年10月)を参照。