「国債市場」を取り巻く将来不安

超長期国債の「利回り急騰」という事件

今年の春、満期までの年限が10年を上回る超長期国債の利回りが急騰するという事件があった。

30年債でみると、年初は概ね2.2~2.3%で推移していた利回りが、5月下旬には3.2%程度と1%近く上昇したのだ。

一時は、売りが売りを呼んで買い手不在の状態になった模様で、市場参加者の間には大きな衝撃が走ったと言われている。その背景としては、財政赤字の拡大懸念などのほか、黒田東彦前総裁の下で進められた異次元金融緩和により日銀が国債発行残高の過半を買い占めた結果、市場の厚みが失われて値動きが荒くなってしまった可能性が指摘されている。

周知のように、日銀は植田和男総裁の下で金融政策の正常化を進めており1、長期国債の保有に関しても、昨年7月から毎月の市場からの購入額を四半期毎に4千億円ずつ減らして、期落ちが新規購入を上回ることにより、保有額が徐々に減っていくという量的引き締め(QT)を開始していた。そして、この6月には国債購入ペースについて見直しを行なうことを公表していたのだ。

恐らく、この決定は簡単ではなかったと思われる。もちろん、国債の値崩れを防ぐことを重視するなら、国債の購入を増やせばいい。しかし、そうすると日銀の国債保有残高はなかなか減らず、市場の流動性不足が長引いてしまうというジレンマがあるからだ。結局、6月16~17日の金融政策決定会合で日銀が決めたのは、来年度から毎月の長期国債買い入れ額を四半期毎に4千億円ではなく2千億円ずつ減らしていくこと、つまり国債購入の減額ペースをスローダウンすることであった(図表1)。

この決定は、日銀が長い眼でみた副作用の解消よりも、目先の相場の安定を選んだことを意味する2

(図表1)日本銀行による長期国債の買入減額計画

出所)日本銀行ホームページ

この日銀の決定から間もなく、今度は財務省が今年度の国債発行計画について、超長期債の発行を減らして短期債の発行を増やす見直しを行なった。

実は、日銀が「異次元緩和」と呼ばれた大規模金融緩和、とくに長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)によって長期金利の抑制に努めていた時期、財務省は超長期債の発行を大幅に増やしていた。これは将来の金利負担を減らす観点からは極めて合理的な行動だったと言える。今後も金融政策の正常化が続き、長期金利も上昇する可能性が高いと考えるなら、今年度も超長期債を多めに発行することは常識的な選択だった。

だが、財務省もやはり目先の相場安定を重視したのだと考えられる。

こうした日銀や財務省の対応もあって、目下の国債市場は落着きを取り戻している。しかし、やや長い眼で日本の財政を取り巻く環境を考えてみると、いつまで日本国債への市場の信認維持できるかについては、深刻な不安材料が少なくない。

以下では、主に3つの観点から、この問題について考えてみたい。

財政規律の弛緩で起きること

まず第1に、日銀の長期にわたる大規模緩和の結果、財政規律が大きく損なわれてしまったという問題がある。

事実、大規模緩和が始まった頃の国債残高は700兆円強だったが、それが今では1100兆円強へと400兆円以上も増えている。それでも、YCCの導入以降は10年国債の金利がほぼゼロに固定されていたため、国債の利払い費はごく最近まで減少基調を辿ってきた。財政が膨張し易い環境にあったことは間違いない。
この結果、最近はデフレ脱却によって税収が増え始めたのは事実だが3、未だに国と地方の債務残高の合計は名目GDPの2倍を超えている。一時は達成可能とみられていた今年度のプライマリー・バランスの黒字化も、昨秋に大型補正予算が組まれたことで、その見通しは失われてしまった。それどころか、今回の参議院選挙では、各政党が減税や給付金支給を公約に掲げてバラマキ合戦を繰り広げてきたことは周知の通りである4

政治家の中には、「自国通貨建ての国債がデフォルトすることはない」、「国債が売られたら中央銀行が買い支えればよい」などと、MMT(現代貨幣理論)流の論理を振り回す者もいる。

確かに、国債の償還金は円で支払うのだから、政府の後に中央銀行が控えていれば支払い不能に陥ることはない。しかし、国債が売られた時に何が起こるかは、過去3年余りの日本の経験が明確に示している。

まず黒田前総裁時代の末期には、世界インフレを背景に各国が利上げを行なうと、日本の長期金利にも上昇圧力が加わった。この時、YCC下にあった日銀は、指値オペなどで国債を買い支えたのだが、そうすると円安が進んでさらに国債が売られるという悪循環に陥ってしまい、結局はYCC弾力化を強いられることになった。

植田新総裁の時代にも、日銀が利上げに慎重な姿勢をみせると、市場では円安が進行して利上げのスピードアップを求めた。ここでは、いずれも日銀が利上げなどで対応したが、仮に利上げなどは行なわずに国債買い支えを続けたなら、さらなる円安→物価上昇という形で、国債の実質価値毀損(=緩やかなデフォルト)が進んだだろう。

さらに、政治家が財政規律の軽視を続けた場合、日本国債格下げのリスクを意識することが必要になろう。

現在日本国債の格付けはシングルAであり、G7ではイタリアに次いで下から2番目にある。投資不適格となるBBまではまだ多少の余裕があるが、決して安心できる位置ではない。仮に国債が投資不適格になれば、ソブリン・シーリングによって日本の企業や金融機関の債務も軒並み投資不適格になってしまう。そうなれば、国際的に事業を展開する企業や金融機関ではとくに外貨資金の調達が難しくなり、深刻な悪影響が及ぶだろう5

日銀以外の国債の「買手不足」

第2に、日銀が保有国債を減額していった場合、代わりに誰が国債を持つのかという問題がある。

ここでは、主に以下の2点が検討の対象となる。一つは大規模緩和の開始以降、前述の通り国債発行残高が400兆円以上増えてしまったという事実だ。そうした中で、日銀の国債保有額を大規模緩和以前に戻そうとすれば、民間保有額を400兆円以上増やすことが必要となるが、それは現実的とは思えない。

もちろん、国債市場の流動性を回復するために、日銀の国債保有割合をどの程度減らすことが必要かを先験的に知ることは極めて難しい。結局、QTを進めながらその水準を探っていくほかないと思われるが、国債市場の機能が十分に回復される以前に、民間の国債消化能力が限界に達することは十分にあり得る。

その場合、国債市場の機能不全は半永久的に続いてしまうことになる。日銀は昨年末に公表した「多角的レビュー」6で、大規模緩和について「現時点ではプラスに影響」としつつ、「今後、マイナスの影響が大きくなる可能性」を指摘していた。 国債市場の機能不全が長期化するなら、こうした評価にも大きく影響するだろう。

もう一つは、大規模緩和が始まる前に国債発行残高の約4割を保有していた預金取扱金融機関(以下、「銀行等」と呼ぶ)の国債消化能力の低下である。

これは、バーゼル委員会主導によるIRRBB(Interest Rate Risk on the Banking Book)と呼ばれる金利リスク規制が2018~19年に導入された結果である7。この規制について本稿で詳しく述べることは避けるが、先行きの金利に関する複数のシナリオを想定した上で、金利の変動によって銀行の資産や負債の価値、あるいは収益に影響を与えるリスクを把握し、これに応じて自己資本の積み増しを求める仕組みである8。これは、本来多額の長期国債を抱える日本にとって重要な規制であったが、規制導入の時期が偶々日銀の国債保有が膨張し、しかも金利リスクが極小化していた時期だったため、国内ではあまり真剣な議論にならなかった記憶がある。

しかし、この規制の下では、金利上昇局面で長期債の保有を増やしたり、デュレーションを長期化したりすれば金利リスクが増え、自己資本の積み増しを求められる。このため、「金利のある世界」では銀行等は長期債投資に慎重にならざるを得ないのである。

この問題に対処する一つの方法は、長期国債の発行を減らして、金利リスクの低い満期1~2年の国債を大量に発行することだろう9。ただし、このような国債発行が政府の国債管理政策と一致する保証はないし(毎月巨額の借換債を発行することになれば、国庫の資金繰りは不安定化するだろう)、国債の利払いが短期金利に大きく影響されることとなるため、金融政策を巡る政府と日銀の利害対立の一因になりかねないという問題もある。

財政を巡る「国際的環境の変化」

第3に、財政を巡る国際的な環境の変化がある。

日銀がYCCを導入した2010年代半ばから後半にかけては、日本だけでなく先進国全体が低成長、低インフレ、低金利という日本化(Japanification)の環境下にあり、むしろ財政出動が求められがちであった。こうした考えに先鞭を付けたのは、元ハーヴァード大学教授で世界銀行チーフエコノミスト、米国財務長官なども歴任したラリー・サマーズ氏の長期停滞(Secular Stagnation)論10だったが、その後オリヴィエ・ブランシャール氏(元MIT教授、元IMFチーフエコノミスト)が2019年の全米経済会会長講演11で名目成長率(g)>国債金利(r)というドーマー条件12が成り立つ可能性が高いと主張すると、世界的に財政出動論が強まったという経緯がある。

しかし、その後コロナ禍において世界的に財政出動が行なわれ、多くの国が高インフレを経験したことで、財政赤字に対する警戒感が高まって来ている。

中でも注目すべきは、米国の財政赤字への警戒が強まっている点だろう。実際、米国、ユーロ圏、日本の財政状況を一般政府(国+地方+社会保障基金)ベースで比較してみると、政府債務残高などのストックでは日本財政が最も厳しいが、フローの財政赤字/名目GDP比では米国の方が高いことが分る(図表2)。

しかも、この7月初に米国議会で「一つの大きく美しい法案」(One Big Beautiful Bill、OBBB)という名の財政関連法が成立した。この結果、議会予算局(CBO)の試算によると、米国の財政赤字は今後10年間で3.4兆ドルも拡大すると言われる。このグラフの赤字幅はさらに大きく拡大するだろう。

(図表2)主要国の財政赤字/名目GDP比率(一般政府ベース、%)

資料)World Economic Outlook Database, IMF, April 2025

従来は、財政赤字でも経常赤字でも、自由経済をリードする基軸通貨国=米国には 世界中から資金が流れ込むことが期待できた。トランプ大統領の言動がそうした米国の世界的地位を損ないつつある中での米国財政赤字拡大が強く懸念される(因みに、格付け会社のムーディーズ社は、今年5月に米国債の格付けを最上位から1段階引き下げている)。

1植田和男総裁就任以降の日銀の金融政策を振り返っておくと、まず一昨年の7月と10月に長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の弾力化が行なわれた。とくに10月の弾力化はYCCの形骸化だったと考えられている。続いて昨年3月には、春闘賃上げ率の大幅な上昇を背景に、マイナス金利が解除されるとともに、YCCの正式な廃止、ETFの購入終了等も決定され、「普通の金融政策」への回帰が宣言された。その後、昨年7月と今年1月にそれぞれ0.25%の金利引上げが行なわれている。昨年7月の利上げの際には、米国景気の悪化懸念が浮上したことなどもあり、大幅な円高、株安に見舞われたが、全体としてみれば慎重ながらも着実に金融政策の正常化が進められたと評価できよう。

2(図表1)の右側のグラフをみると、日銀保有の長期国債の減少テンポは極めて緩慢であることが分る。

3なお、最近は財政収支が目立って好転しているが、これには名目GDPの増加に伴って税収が直ちに増える一方、国債の利払い費は新発債の部分しか増えないという一時的要因が少なからず寄与している。

4今年5月に日本経済新聞社が経済学者を対象とした意見調査(エコノミクスパネル)を行なっているが、その結果をみると「一時的な消費税減税は不適切と」の見方が85%を占めた。各政党の公約と専門家の見方の間には大きな乖離があることが分る。

52008年のリーマン・ショックの際にも、日本を代表するような企業・金融機関にとってドルの流動性確保が最大のリスク要因であったことについては、中曾宏『最後の防衛線:危機と日本銀行』、日本経済新聞出版、2022年に詳しい。

6金融政策の多角的レビュー

7日本では国際基準行に対して2018年3月から、国内基準行に対しては2019年3月から適用されている。

8IRRBB規制、とくに日本国債との関係については、服部孝洋「銀行勘定の金利リスク(IRRBB)入門:バーゼル規制からみた金利リスクと日本国債について」、財務省『ファイナンス』、2021年6月を参照。

9こうした提案については、例えば左三川郁子・久保田昌幸「銀行の国債買入余地100兆円超、最大にリスク取れば」、日本経済研究センター「金融政策ウォッチ」、2024年10月を参照。

10サマーズの初期の長期停滞論の主張は、Lawrence Summers, “U.S. Economic Prospects:Secular Stagnation, Hysteresis, and the Zero Lower Bound”, Business Economics, 2014にみられる。

11この会長講演は、Olivier Blanchard, “Public Debt and Low Interest Rates”, American Economic Review, 2019である。ブランシャールはその後、Olivier Blanchard, Fiscal Policy Under Low Interest Rates, 2022, MIT Pressという本も出版している。その邦訳がオリヴィエ・ブランシャール(田代毅訳)『21世紀の財政政策』、日経BP、2023年である。

12この条件が満たされていると、プライマリー・バランスが赤字にならない限り、債務残高/名目GDP比率が発散することはない。