土居丈朗×小黒一正 インフレ時代の医療財政ー高市政権は“ルール型”社会保障に踏み出せるか

インフレ時代の医療財政

衆議院選挙で3分の2超の議席を確保した高市政権。強い政治基盤を得たいま、医療・介護財政をどのようなルールで運営していくのかが現実の課題となっている。

2%前後のインフレ率が継続し、インフレは常態化した。2026年度診療報酬は本体3%超の引き上げとなったが、それでも同年度の名目GDP成長率の予測には届かない可能性も。他方、医療給付費(対GDP)が上昇していけば、国民負担の限界も心配となる。もはや論点は「削るか、増やすか」ではない。給付と負担をどう結びつけ、インフレに見合う持続可能な制度へ転換できるかである。

本稿では、土居丈朗・慶應義塾大学教授と小黒一正・法政大学教授が議論した。二人の財政学者が共有したのは、強い政権だからこそ中長期の制度設計に踏み込む責任がある、という認識だった。政治の強さを、制度の強さへ転換できるかが問われている。

プロフィール

土居丈朗:慶應義塾大学経済学部教授。公共経済学・財政学を専門とし、日本の財政運営、社会保障制度の持続可能性について長年研究・提言を行っている。全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会特別委員、財政制度等審議会委員などを歴任し、財政規律と社会保障の制度設計に深く関与してきた。とくに、保険料率や税負担の上限を意識したルールベースの政策運営を重視する立場から、年金改革や医療・介護財政の在り方について発信を続けている。

小黒一正:法政大学経済学部教授。人口動態と財政・社会保障の関係や世代間問題を専門とする。財務省や財務総合政策研究所主任研究官など政府での実務経験も持ち、社会保障とマクロ経済の関係もテーマに研究・提言を行う。近年は、中長期的な名目GDP成長率と医療費の伸びを連動させる「医療費成長率調整メカニズム」(別称「医療版マクロ経済スライド」)を提案する等、インフレ下の医療財政の在り方に関する議論も主導している。

2060年の医療・介護は持続可能か――鍵を握る「成長1%」の前提

小黒一正 2月8日に投開票された衆議院選挙では、自民・維新の与党が3分の2超の議席を確保しました。高市政権の基盤はきわめて強固になったと言えます。

土居丈朗 はい、驚きました。巨大与党の政権が誕生したということは、政策の方向性次第で将来像が大きく変わるということでもあります。社会保障の分野は、まさに重要な岐路に立っているのではないでしょうか。

小黒 同感です。そうした政治状況のもとで、昨年末に決着した2026(令和8)年度の診療報酬改定では、本体が3.09%の引き上げとなりました。約3%という大幅改定について、私はもう少し上げる余地もあったと感じつつも、病院や診療所のメリハリもあり、おおむね妥当な水準と評価しています。ただし、ここで改めて確認しておきたいのは、日本の医療・介護財政はこの先、本当に持続可能なのかという点です。

内閣府が2024年4月に示した医療・介護給付費の長期推計では、現状投影ケースで、2018年度にGDP比で約8.2%だった給付費が、2060年度には13.3%程度まで上昇するとされています。

さらに、そのうち保険料負担はGDP比で4.8%から7.2%へと拡大する見通しです。規模としては約1.5倍になります。単純に考えれば、経済の巡航速度の成長に対してそれだけ負担が膨らむ以上、保険料率を5割程度引き上げなければ均衡しない、という見方も成り立ちます。

土居先生は、この内閣府推計をどのように評価されますか。また、財政の持続可能性を確保するために、医療・介護の給付と負担を今後どのように管理していくべきだとお考えでしょうか。

土居 まず、この試算は前提として、日本がどの程度の経済成長率を維持できるかに大きく依存しています。2060年までの内閣府の長期推計によると、実質成長率を1%強で維持できれば、負担はそこまで過重にはなりません。しかし、それを下回れば、いまお話にあったように、かなり重い負担になる可能性があります。

したがって、経済成長をどう維持するかが決定的に重要です。

しかも今後は、労働力人口が減少する中で成長率を維持しなければならない。ハードルは相当に高い。言い換えれば、何もしなくても2060年に実質成長率1%強を達成できるわけではありません。その前提のもとで、医療・介護にどこまで資源を振り向けられるかが問われています。

小黒 ご指摘のとおりですが、そうしたなか、衆議院選挙では「チームみらい」を除く各党が消費減税を公約に掲げました。

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