真野俊樹ーマレーシア「二層構造の医療制度」と「国際的医師移動」の新展開

――中央大学 戦略経営研究科(ビジネススクール) 教授
  多摩大学大学院特任教授 医師――

マレーシアの医療

2025年8月にマレーシアの医学部や病院を視察する機会に恵まれた。そこで、GP(家庭医)についておもしろい情報を得たので、マレーシアの事情とともに、報告する。

マレーシアの医療制度は「公的医療制度」と「民間医療制度」の2層構造で成り立っている。国民の医療アクセス向上とコスト抑制を目的に設計されており、いわゆるユニバーサルヘルスカバレッジは達成しているが、日本のような全国民対象の公的医療保険(国民健康保険)は存在しない。

まず、公的医療制度では、政府が運営・資金提供し、公立病院や診療所での医療サービスをマレーシア国民に対して極めて低額(診察は1~数リンギット)または無料で提供している。公務員や1歳未満の乳児、低所得者層は多くの医療サービスを無料で受けることができる。公立医療の低料金を政府補助により維持することで、最低限の医療アクセスを保証しており、したがって、ユニバーサルヘルスカバレッジは達成している。

ただし、公立医療機関の多くは混雑しており、待ち時間が長いことや人員不足が課題である。

一方、民間医療制度が併存していることが特徴で、民間病院やクリニックは政府資金に依存せず、主に民間医療保険や患者の全額自己負担によって運営されている。民間病院の医療費は公立より高額で、医療保険未加入の場合は診療費から入院費・薬代まで10割負担となる。

もちろん、下の写真の私立大学附属病院のように豪華で診察も早い。多国籍企業や一定収入以上の労働者、外国人駐在員は自身や雇用主を通じて民間医療保険に加入していることが多い。そのため、医療費負担やアクセスのしやすさは公立・民間、収入・属性により大きく異なる特徴がある。

医学部教育システムの特徴と多様性への配慮

マレーシアの医学部教育は、高校卒業後に入学可能な5年制を基本としており、教育は原則として英語で行われる。これは、多民族社会における共通言語としての英語の重要性と、国際的な医学教育水準を保つための配慮である。このために、卒業後、英語圏の医師になるための一つのステップとして考えている学生が多い。

医師資格制度の特徴

マレーシアの医師資格制度には、他国と異なる特徴的な点がある。まず、英国同様、医師国家試験制度が存在しないことである。代わりに、医学部卒業後、マレーシア保健省管轄の「マレーシア医学評議会(Malaysian Medical Council)」に医師として登録する必要がある。

卒業後の研修システムも体系化されており、「Houseman」(インターン)として2年間(近年、2年間になった)の研修が義務付けられ、その後、公立病院などで3年間の勤務(Government Service)が必要となる。公立病院での勤務が義務化されているのは、シンガポールも同じである。さらに専門医を目指す場合は追加で専門医トレーニング(Master)を受ける制度となっている。

このシステムは、国内での医療の質を保ちながら、公的医療サービスの充実を図る制度設計となっている。

マレーシアでは、外国人医学生は私立医科大学への入学が可能であるが、一般的に卒業してもマレーシアでの医師免許取得は非常に困難である。これは、自国の医療人材確保を優先する政策的判断と考えられる。このあたり、ダイバーシティと自国民保護のバランスがうまく取れている、といってもいいかもしれない。

一方で、英語で教育しているので、卒業後に外国人が、母国で医師になる選択肢も用意されており、国際的な医療人材育成への貢献という側面もある。

ここで少しマレーシアの例から離れる。近年、医師不足が先進国でも顕在化してきており、国際的な医師移動に新しい動きが見られる。

国際的な医師移動の新しい動向

例えば、カナダ政府の報告 “Caring for Canadians: Canada’s Future Health Workforce” によれば、2031年には 約78,000人の医師が不足すると予測されている。特に GP(家庭医) の不足が大きな課題とされており、現在も多くの成人がかかりつけ医を持てていない状況で、Rural(地方)・underserved(医療資源の少ない地域)では、この不足がさらに深刻で、地域医療アクセスの悪化が指摘されている。

つまり、カナダではGPの不足が深刻化しており、2023年4月から外国医師の永住権取得に関する条件緩和措置が施行された。特別なビザ要件・就労規制の緩和によって、より多くの海外医師がカナダで働けるようになった。

カナダ政府は医師、特にGPの不足解消のため、海外医学部卒業の医師(IMG: International Medical Graduate)を対象に移民やライセンス申請要件を緩和する措置を実施している。永住権取得プロセス(エクスプレスエントリー)の条件が緩和され、2023年以降はIMGにとって以前より申請しやすい状況となっている。

各州ごとにIMG向けの評価・研修プログラム(例:ブリティッシュコロンビア州コロンビア州、マニトバ州)が設けられており、一定の経験や追加試験(MCC認定など)を経て現場に参入できる制度が整備されている。医師免許申請の際、IMGはカナダで認可された試験(例えばMCCQE/NAC OSCEなど)に合格したあとで、各州のCollege of Physicians and Surgeonsで審査を受ける。

他にも、アメリカはもともとIMGの受け入れが盛んで、全医師の約25%がIMGで、特に地方や医療過疎地域への配置を目的とした「Conrad 30プログラム」などの特例ビザがあり、IMGに優先枠を与えている。

オーストラリアも、一部州で医師不足が深刻化しており、海外医学部卒の資格認証と地方医師登録を迅速化する独自制度があり、イギリスももともとIMGの割合が高く、プライマリケアの不足地域に配置するために海外医師の登録プロセス(PLAB試験等)を簡素化しており、一定条件下で、地方GPやNHSの不足地域勤務に特化した登録・ビザ優遇措置も行っている。世界的には、相対的に収入が少ない、また地方での勤務があり得るGPの不足が多くみられるようだ。

なぜマレーシアの記事の後に、この動きを書いたのか、感のいい読者の方は気が付かれたと思うが、そう、マレーシアの私立医科大学を出た外国人は、こういったチャンスをものにして他国の医師として働くのである。