慶應義塾大学経済学部教授 財政制度等審議会委員
野党の及び腰
2025年7月20日投開票の参議院選挙の結果、与党の自民党と公明党は非改選議席を合わせても参議院で過半数を割ることとなった。
2024年11月の衆議院総選挙の結果、衆議院で過半数を割った状態で発足した第2次石破茂内閣は、参議院でも与党は過半数割れする状態に陥った。
参議院選挙後、石破首相は退陣せず続投を繰り返し表明している。
今般の参議院選挙では、消費税の減税や廃止を公約に掲げた野党は議席を増やした。この結果を、多くの有権者が消費税減税を支持したと解する向きがある。しかし、野党が両院で多数といえども、消費税減税を否定している石破内閣が続く限り、内閣として消費税減税を実行する意思はない。
ならば、野党が結束して、倒閣を図り政権奪取して消費税減税を目指すのかと思いきや、参議院選挙から約1か月経過した本稿公開時点では、まったくといってよいほどその動きはない。
覚悟のなき「消費減税」
野党が両院で過半数を得ているなら、衆議院では内閣不信任決議案、参議院では内閣総理大臣問責決議案を提出して可決することができる。少なくとも与党だけでそれを否決することはできない。
内閣を倒して政権奪取をしたくとも、内閣不信任決議案が可決されれば、内閣が衆議院の解散を選択する可能性があり、野党が解散を望んでいないなら、内閣不信任決議案の提出に躊躇するかもしれない。
しかし、参議院では、野党が結束すれば首相問責決議案を提出して可決できる。
首相問責決議案が可決されれば、院の慣例では問責された首相が答弁することになる審議には応じないこととなっている。そうなると、問責決議案が可決されるとその後は法案審議が一切できず、内閣としては万事休すであり、もはや総辞職するしかなくなる。
現に、吉田茂首相は首相問責決議案可決後に辞任に追い込まれているし、福田康夫首相、麻生太郎首相は可決も遠因となり退陣した。
それを踏まえると、野党が政権を奪取したければ、内閣不信任決議案を可決せずとも、首相問責決議案を可決できさえすれば、退陣に追い込んで政権奪取の機会が訪れる。
にもかかわらず、参議院選挙から約1ヶ月経過した本稿公開時点で、何のアクションもないということは、参議院選時点での野党は政権奪取の覚悟もなく消費税減税を、まるで刹那的なウケ狙いかのように騒いでいただけだったといわれても文句はいえまい。
そんな程度の覚悟でしか消費税減税をいっていなかったというべきだろう。
石破内閣「支持率アップ」が示すこと
それを有権者は見透かしていたというべきか、2025年8月に実施されたNHKの世論調査では、次のような結果が出た。
「今後、政権の枠組みがどのようになるのが望ましいと思うか」と聞いたところ、「自民・公明両党の連立政権に野党が政策ごとに協力する」が44%、「自民・公明両党と野党の一部による連立政権」が26%、「野党による連立政権」が18%という結果だった。
確かに、今般の参議院選挙では、自民・公明両党は議席を減らした。しかし、今後の政権の枠組みとして、野党による連立政権を望む有権者は少数だったというのが、この世論調査の結果である。
NHKの同月の世論調査では、石破内閣の支持率は前月の調査より7ポイント上がって38%、不支持率は8ポイント下がって45%となった。そして、石破首相が続投したことについて、「賛成」が49%、「反対」が40%という結果となった。これと同様の結果は、同8月の時事通信の世論調査でも出ている。
同世論調査では、「物価高対策として消費税をどうすべきだと思うか」という質問もある。「今の税率を維持すべき」が33%、「税率を引き下げるべき」が43%、「消費税を廃止すべき」が15%という結果で、政権の枠組みと矛盾する結果となっている。
もちろん、消費税減税は、政権奪取ができなくても、消費税法を改正できれば実施できるかもしれない。しかし、国の一般会計において、消費税は今や最大の税収を上げる税目となっている。
一般会計税収総額約78兆円の約32%、一般会計総額115兆円余のうち約22%に相当する。
これだけの税収を上げる消費税を減税すれば、財源に大きな穴が開く。野党の公約(どこまで真剣かは不問として)通りに減税すれば、少なくとも5兆円、ないしはそれ以上の税収を失うことになる。
それを、赤字国債の増発で穴を埋めればよいとの見解を野党は示しているようだが、赤字国債の増発を企画実行するのは、野党ではなく内閣である。日本国憲法の定めにより、予算提案権は内閣にしかない。租税法は国会で多数を握れば野党だけでも改正できるが、野党にはその収支尻を合わせた予算案を国会に提案する権限はないのである。
野党が多数派であるという勢いに任せて、予算提案権がある内閣を組織する与党が賛成しないまま、消費税減税だけ議決するようでは、わが国の財政運営は与党も野党も責任の取りようがない無責任なものとなる。
「減税賛成」と「政権交代」は別物
NHKの世論調査によると、多くの有権者は、消費税は減税または廃止を望みつつも、今後の政権の枠組みは自民・公明両党を軸にすることを望むという。
これを善意に解すれば、消費税減税の是非を問われれば(人は誰しも好き好んで税を多く取られたくはないから)賛成しても、それを責任ある形で政権に実施してもらうというつもりはないということなのだろう。
土居丈朗 慶應義塾大学経済学部教授 財政制度等審議会委員
1970年奈良県生まれ。大阪大学経済学部卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。慶應義塾大学経済学部専任講師、助教授、財務省財務総合政策研究所主任研究官などを経て現職。主著に、『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)、『入門財政学(第2版)』(日本評論社)。